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大分地方裁判所杵築支部 昭和36年(ワ)9号 判決 1965年2月19日

原告 安部万太郎

被告 佐藤富男 外三名

主文

一、原告に対して、被告富男は金六六六、六六六円、被告千喜子、同宏幸、同伸二は各金一一一、一一一円宛及び以上に対するそれぞれ昭和三五年七月三〇日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用はこれを十分してその二を原告の、その五を被告富男の、その一を被告千喜子の、その一を被告宏幸の、その一を被告伸二の各負担とする。

この判決は原告において被告富男に対する関係で金二〇〇、〇〇〇円、被告千喜子、同宏幸、同伸二に対する関係で各金三〇、〇〇〇円宛の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告は、主文第一項と同旨及び訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決、及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のように述べた。

原告は大分弁護士会所属の弁護士である。被告富男、亡シズ子は夫婦であつたが、シズ子は昭和三八年一〇月一六日死亡し、同人の遺産につき被告富男が夫として三分の一、被告千喜子、同宏幸、同伸二が子としてそれぞれ九分の二の割合で遺産相続をした。

原告は昭和三四年一一月九日被告富男、亡シズ子から訴外佐藤秀善(シズ子の実父にして被告富男の養父)との間の離縁事件及び被告富男、亡シズ子両名から右秀善に対する不動産の所有権移転登記手続請求並に同処分禁止の仮処分申請事件等家庭紛争事件一切の処理方を委任されると共に、民事報酬契約を左のように締結した。

(1)着手金は金二〇〇、〇〇〇円とし、事件委任と同時に支払うこと、(2) 謝金は着手金を含めて事件成功部分の二割とし支払期は事件落着後七日以内とする。

そこで原告は、右委任に基き、直に大分地方裁判所杵築支部に右秀善を相手取り所有権移転登記手続請求の訴訟を提起すると共に秀善所有の不動産につき処分禁止の仮処分の申請をなし、これが決定を得た。次いで大分家庭裁判所杵築支部において数回に亘る調停の結果昭和三五年七月二二日(1) 離縁事件につき、相手方秀善は離縁を求めず、将来親子円満な生活状態に入る旨の調停が成立し、(2) 所有権移転登記手続調停事件につき、別紙(一)<省略>記載の田畑、山林四三筆、宅地二筆、家屋五棟、価格合計金八、三九三、〇〇〇円相当が被告富男、亡シズ子夫妻の分として認められ、別紙(二)<省略>記載の山林、原野六筆、宅地一筆、畑一筆、価格合計金四、一六五、〇〇〇円相当が秀善死亡を条件として被告富男夫妻の長男被告宏幸に贈与され、所有権移転の仮登記をすることができる旨約定された。

かくて、被告富男夫妻の直接受けた利益は、物質的のものだけでも金八、三九三、〇〇〇円であるが、右事件で被告富男夫妻が心配していたのは、前記秀善が被告富男を離縁し、全財産を売却処分し、後妻理代に贈与されてしまうということにあり、事件の委任もこれが阻止、保全を目的としたものであつたのであるから、秀善より被告宏幸に死因贈与された分についても事件成功と見るべきであり、この利益は前記の通り金四、一六五、〇〇〇円である。従つて以上の利益の二割にあたる金二、五一一、六〇〇円に、離縁請求が撤回された分に対する謝金は金五〇〇、〇〇〇円と看るのが相当であるから、これを加えた金三、〇一一、六〇〇円が約定の謝金である。

なお、謝金の内払と見るべき着手金二〇〇、〇〇〇円は契約と同時に支払う約であつたが、被告富男夫婦はその内金五〇、〇〇〇円を支払つたのみである。そこで原告は報酬契約に定められている、義務不履行の場合は供託金、予納金、預り金等につき手数料、謝金、立替金等と相殺することができる旨の条項に基き、昭和三六年三月一六日原告が預つていた供託金二〇〇、〇〇〇円につき対等額金一五〇、〇〇〇円において相殺の意思表示をなし、且つ供託金中金五〇、〇〇〇円を本件謝金と対等額において相殺する旨意思表示をした。従つて、それ等を控除すると謝金残額は金二、七六一、六〇〇円となる。そこで本訴においてはその内金一〇〇万円について請求することにし、被告富男に対してはその二分の一の金五〇〇、〇〇〇円及び亡シズ子の債務金五〇〇、〇〇〇円につき遺産相続したる三分の一の金一六六、六六六円の合計金六六六、六六六円、被告千喜子、同宏幸、同伸二に対しては、遺産相続の割合に従つて各一一一、一一一円宛及び以上に対するそれぞれ昭和三五年七月三〇日より右各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

立証<省略>

被告等は、請求棄却の判決を求め、答弁として次のように述べた。原告が大分弁護士会所属弁護士であること、被告等の相続関係が原告主張の通りであること、被告富男、亡シズ子が原告に、その主張のような訴訟委任をなし、報酬契約を結んだこと、原告がその主張のような訴訟行為をなし、その主張のような内容の調停が成立したこと、原告主張の相殺の意思表示があつたことは認める。謝金についての、成功部分の二割という約は、目的不動産の時価の二割という約ではなく、町役場の固定資産税の評価額の二割という約であり、その支払期については定めがなかつたものである。離縁請求撤回についての謝金額は争う。また被告宏幸に死因贈与された部分は事件成功とはいえないから謝金を支払ういわれはない。各不動産の価格はいずれも争う。着手金二〇〇、〇〇〇円についても支払期の定めはなかつたのであるし、着手金の内払として金七八、〇〇〇円を支払つてある。

立証<省略>

理由

原告が大分弁護士会所属弁護士であること、被告等の相続関係が原告主張の通りであること、被告富男、亡シズ子が原告に原告主張のような訴訟委任をなし、報酬契約を結んだこと、原告がその主張のような訴訟行為をなし、その主張のような内容の調停が成立したことについては当事者間に争がない。

被告等は成功謝金についての割合である「成功部分の二割」と言うのは、目的不動産の時価の二割を意味せず、町役場における固定資産税の評価額の二割と言う約であつた旨主張し、証人古原正及び被告富男本人はいずれも右主張に副うごとく供述しているが、前掲甲第一号証の記載及び原告本人尋問の結果に照比して右供述は措信し難く、他に右主張を裏付けるに足る証拠はない。されば成功部分の二割というのは原告主張のごとく目的不動産の時価を基準として、その二割を意味するものと解するのが妥当である。

そこで成功部分の範囲を検討してみる。原告主張のごとく訴外秀善の被告富男に対する離縁請求が撤回されたのは前認定の通りであり、これが成功であることは疑い得ないことである。そしてこれに対して成功謝金が支払われるのが通常であろう。しかしながら、本件のごとく離縁並に所有権移転登記請求等家庭紛争事件の一切について訴訟委任がなされ、しかも成功謝金の額は単に成功部分の二割と定められている場合にあつては、特に離縁請求の部分について幾ら支払う旨の約定がない限り、離縁請求事件と表裏一体をなしていると見らるべき財産権の紛争解決により得たる現実的利益を基準として算定するのが妥当である。従つて原告の被告富男等が得たる物質的利益に対する謝金以外に、離縁請求が撤回されたことに対する謝金が金五〇〇、〇〇〇円であるとの主張は採用することができない。

次に被告宏幸に死因贈与された別紙(二)記載の不動産が成功利益と見得るかどうかを検討してみる。被告宏幸は訴訟委任の当事者でなく、また単純な贈与でなく死因贈与であることよりして、被告富男等の直接的利益にならないことは明らかである。しかしながら、成立に争のない甲第七号証、第八号証の各記載、証人阿部蔀の証言、及び原告本人尋問の結果、並に弁論の全趣旨を綜合すれば、被告富男夫妻が懸念していたのは、前記秀喜が被告富男を離縁し、全財産を売却処分し、後妻理代に贈与されてしまうという点であり、原告への訴訟委任もこれが阻止、不動産の保全を目的としたものであつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の事実より推して、被告宏幸に死因贈与され、所有権移転仮登記の可能となつた別紙(二)記載の不動産に関する部分もまた事件成功と見るのが相当である。

前掲甲第一号証の記載によれば、謝金の支払期は委任事件落着後七日を経たる時であることが認められ、事件落着は前認定の調停成立の時であるから、それより七日を経たる昭和三五年七月二九日が謝金の支払期と認められる。

従つて、成功謝金算定の基準となる利益は、昭和三五年七月二九日現在における別紙(一)、及び(二)記載の各不動産の価格ということになる。証人林田浩の証言、鑑定人田尾斌の鑑定の結果及び検証の結果を綜合すれば、伐採立木を除く別紙(一)の不動産の価格は、別紙(一)の価格欄記載の通りであつて合計金四、二五〇、六四〇円と認められ、これに反する各鑑定の結果はいずれも採用し難い。別紙(一)の34、35、36、37記載の伐採立木の価格は、証人林田浩、同桜井幸人、同穴井秋太の各証言、及び鑑定人穴井秋太の鑑定の結果を綜合すると、金一、四〇〇、八三七円であることが認められ、これに反する証人徳山[火玄]告(一、二回)、同古原正、同山本光夫の各供述はいずれも措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。また鑑定人田尾斌の鑑定の結果、及び検証の結果を綜合すれば、別紙(二)記載の不動産の価格は別紙(二)の価格欄記載の通りであり、その合計は金一、三六九、〇〇〇円と認めることができ、他にこれを左右するに足る証拠はない。以上合計金七、〇二〇、四七七円の二割は計算上金一、四〇四、〇九四円となる。この金額が成功謝金である。

ところで、右金額から控除さるべき額について検討する。成立に争のない甲第一号証の記載によれば、着手手数料金二〇〇、〇〇〇円は事件委任と同時に支払う旨が約束され、また義務不履行の場合は供託金、予納金、預金等につき手数料、謝金、立替金等と相殺することができる旨の約定があつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて、着手金二〇〇、〇〇〇円の支払期は訴訟委任の日である昭和三四年一一月九日であることは明らかである。そして原告が内金五〇、〇〇〇円の支払を受けたことはその自認するところである。被告等は金七八、〇〇〇円を内金として支払つた旨主張するのであるが、証人古原正の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、被告富男夫妻が訴訟委任当時原告に支払つたのは着手金の内金として金五〇、〇〇〇円、訴訟費用及び旅費として金二八、三〇〇円であつたことが認められ、被告等主張の事実を認めるに足る証拠はない。従つて、着手金の残額は金一五〇、〇〇〇円であることは明らかである。原告より昭和三六年三月一六日被告富男等に対し、同人等が原告に預託していた供託金二〇〇、〇〇〇円の内金一五〇、〇〇〇円につき着手金残額と、内金五〇、〇〇〇円につき謝金とそれぞれ相殺する旨の意思表示のあつたことについては、当事者間に争がない。従つて、右着手金等合計金二五〇、〇〇〇円は前認定の成功謝金より控除さるべきである。

以上認定の事実よりして、謝金残額は結局金一、一五四、〇九四円である。原告はこのうち金一、〇〇〇、〇〇〇円を請求しているので、原告に対して、被告富男は、契約当事者としての債務金五〇〇、〇〇〇円及び亡シズ子の遺産相続分金一六六、六六六円の合計金六六六、六六六円、被告千喜子、同宏幸、同伸二はいずれも亡シズ子の遺産相続分として各金一一一、一一一円宛、及び以上の金員に対するそれぞれ昭和三五年七月三〇日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

されば、原告の本訴請求は理由があるから全部認容し、訴訟費用について民事訴訟法第九〇条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小沢博)

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